REPORTイベントレポート

第1回ベースボールスポーツメディスンカンファレンス

2021.01.21

2020年1月18・19日、東京ミッドタウンで第1回JATO×PBATSベースボールスポーツメディスンカンファレンス(以下BSMC)が開催されました。


JATOとPBATSが共催する初めてのイベントであり、国内外から総勢270名近くの参加者、日米から9名の講師、そして、31社のスポンサー様にご参加頂きました。アメリカからは現NATA会長であるTory Lindley氏、シアトルマリナーズ名誉アスレティックトレーナーであるRick Griffin氏をはじめ、MLBで現役のアスレティックトレーナーを務める3名を含めた全5名の講師、日本からは船橋整形外科病院スポーツ医学・関節センター長を務める菅谷啓之先生をはじめ、NPBでご活躍されている3名を含めた4名の講師にご登壇いただきました。


初日最初の講義では、船橋整形外科病院スポーツ医学・関節センター長を務める菅谷啓之先生にご登壇いただき、「野球選手の投球肩肘障害に対するアプローチ〜日米で何が異なるのか?」というテーマでお話しして頂きました。まさに今回のカンファレンスの幕開けにふさわしい講義でありました。肩関節のSLAPPASTAに関して、診察の際に本当に手術が必要な患者を見極め、そして投手に即した術式を用いることにより成功率の高い肩関節治療のお話を頂きました。また、アメリカで急増しているUCL再建術に関しても、日本でのクオリティの高い画像診断技術を元に手術だけでなく保存療法の選択肢も必要だという見解も紹介して頂きました。

PBATS現会長であり、LAドジャーズプレーヤーヘルスディレクターであるRon Porterfield氏からは、「プロ野球シーズン中の傷害パターン」というテーマで、ご自身の30年の経験を元に、プレイヤーによく見られる体のパターンや問題、そしてそれに対するアプローチ方法について講演していただきました。また、「野球における電子傷害調査システム」というテーマでは、アメリカの1歩も2歩も先に進んでいる傷害調査システムについてお話しいただきました。この調査システムを維持するために年間300万ドル近いコストをMLBが負担していることには驚きましたが、裏を返せば、そのほどアメリカにおいてATCの仕事が重要かつ尊重され、またATCはそれだけの責任を持って活動しているのだと実感しました。

通算3期に渡りPBATSの会長を務め、現在はテキサスレンジャースメディカルオペレーション上級ディレクターを務めるJamie Reed氏からは、「スローイングアスリートの胸郭出口症候群の理解」の講義。現場で見逃される事の多い胸郭出口症候群について、解剖学や画像評価を含め、簡単な評価を現場でする事で肩や肘の疾患と間違え無駄な時間を過ごしてしまうことを防げるという視点を紹介して頂きました。また、2つ目の講義においては、オーバーヘッドスローイングにおける肩関節の役割に対する理解」というテーマで、投球側に起こりがちな怪我の機序にはじまり、今注目の投球数に関しても、症例やデータを元に確認していきました。

シアトルマリナーズにてアシスタントアスレティックトレーナーを務めるMatt Toth氏からは、「プロ野球における広背筋損傷:高まる懸念」、トミージョン手術/肘関節内側側副靭帯(UCL)修復術のメジャーリーグにおける統計レビュー」 というテーマでお話し頂きました。ご自身の経験を踏まえ、広背筋受賞からの評価、いつ手術に踏み切るかと言った判断基準を紹介して頂きました。また全米に広がるUCL傷害に関しては、最新の統計的データを活用し、MLBの競技レベルまで戻るためには?という視点で解説、最新の動作分析や力学的計測をどのように使っていくべきか、チームとしてどのように動くべきかについてお話ししていだだきました。



オリックスバッファローズ1軍コンディショニング担当アスレティックトレーナーを務める鎌田氏には、「プロ野球におけるピリオダイゼーションの一例」というテーマで、実際にオリックスバッファローズで行なっているコンディショニングやトレーニング方法などをご紹介頂きました。ご自身で開設されているYoutubeチャンネルを用いたトレーニング指導の紹介など大変興味深いアプローチをされているのが印象的でした。

「アスレティックトレーナーとして日本球界での取り組み」というテーマでお話を頂いたのは、2019年シーズンまで阪神タイガースのトレーナーとしてストレングス担当で、2020年シーズンからはオリックスバッファローズでコンディショニンググループ長に就任した本屋敷氏です。長年に渡るNPBでの経験を元に、これまでの苦悩や問題点、そして、それをどのように改善・発展させてきたのかを、ご自身の取り組み例を踏まえご紹介頂きました。日本野球界における数々の「神話」に関して、ひとつひとつスポーツ医科学の見地から紐解き活動されてこられた本屋敷氏のエッセンスが詰まった講義になりました。

福岡ソフトバンクホークス2軍コンディショニング担当アスレティックトレーナーを務める鳥井田氏には、「福岡ソフトバンクホークスでのコンディショニングの取り組みと野球における日米の選手育成の比較」というテーマでお話し頂きました。3年連続日本一になったチームでは選手育成のためにどんなアプローチ方法を使用し、どのようにトレーニングを行なっているのか、タブレット・携帯端末を駆使しシステマチックにドリルやトレーニングメニューを選手に手渡すなどの取り組みを解説。鳥井田氏自身がMLBワシントンナショナルズの組織に所属していたこともあり、どのように球団として選手の価値を守っていくのか、これからの取り組みも非常に楽しみです。



NPBからお越し頂いた3者とも、実際の取り組みをかなり詳細にご紹介頂いたこともあり、参加者からの質問があとを絶たず、講演後も参加者の長い列ができていたのが印象的でした。

そして現役のNATA会長であり、ノースウェスタン大学上級アスレティックディレクター補佐も務めるTory Lindley氏からは、「ハムストリング傷害:再発予防と野球への迅速な競技復帰のための効果的なリハビリテーション」というテーマでお話し頂きました。我々が現場よく見かけ、かつ、ケアに苦慮することの多いはハムストリング傷害について各フェーズでのリハビリのポイントや効果的なリハビリ方法、また野球のポジション別での復帰までのプロセスを、ご自身が実際に行なっている例を交え、お話しいただきました。NATAの会長として忙しい日々を送られている傍、現場でこれほど丁寧にリハビリをされていることは衝撃でした。見習うべきことが本当に多く、まさに今の日本に必要なスキルとパッションを備えた理想とするアスレティクトレーナー像であると感じました。



BSMC最後のイベントは、講師7名がパネラーとして登壇し、JATO会長上松氏とRick Griffin氏がModeratorを務めたパネルディスカッションが行われました。会進行の関係で当初の予定よりも短い時間での開催となってしまったことが本当に残念でしたが、多くの質問とそれに対する活発な議論が展開されました。最後の質問は今まさに注目のドライブラインについてであり、パフォーマンスの向上だけに目をとらわれず、そこで起こる体への負担を理解しておくことが重要であり、利用するタイミングや頻度についても考慮する必要があるということでした。



カンファレンでは31の企業様に協賛いただき、当日は23社にブースを出展して頂きました。休憩時間では各ブースに本当の多くの参加者が足を運んでくださり、大盛況でした。また、スポンサー様と講師の方からご提供頂いた景品が当たるラッフルイベントも開催され、幸運な参加者には豪華景品が贈呈されました。つい最近米野球殿堂入りを果たしたデレク・ジーター選手のサインボールもあり、大賑わいでした。



また、BSMCの前日には日本大学文理学部桜上水キャンパスにおいて、「U25&アスレティックトレーニングスチューデントセミナー」と題し、アスレティックトレーナーを目指す学生たちを対象にしたセミナーを実施いたしました。詳細については別途報告いたしますが、参加者と講師たちで活発な議論が展開された事、そして、会終了後の参加者の目がとても輝いていたことはお伝えしておきたいと思います。



 

今回のイベント報告に際し、どうしてもお伝えしたいことがあり、最後に紹介いたします。それは2日目のオープニングスピーチで語られたJATO会長上松氏の言葉です。上松氏が長年心に秘めていた思いを語ってくれました。自分たちの職種であるアスレティックトレーニングを愛していること、一方で、その未来を危惧し、そこを変えていくことの重要性とその責任感を言葉の奥底から感じ、本当に心に響くものがありました。本当はすべてをご紹介したいのですが、心に深く残っている言葉を抜粋してご紹介いたします。




 

「日本にATの学問、資格はある。でも職業がない。2020年以降は学問や資格の話ではなく、職業としての話をしていかなければならない。あなたの職業はなんですかと問われた時に、アスレティックトレーナーですと答えられる人たちがリーダーシップを持ってこの業界を牽引していくことが、自分たちの未来に対して責任を持つことではないか。」


この会長の言葉を聞いて、目に涙を浮かべた学生がいました。


「アスレティックトレーナーの未来を共創する」


今回のイベントを宣伝するときに何度も使用したフレーズです。今回のBSMCの成功は、我々の未来へチャレンジするためのきっかけでありスタートだと思います。みんなで日本のATの未来を創り、次の世代へ繋げていきましょう。


最後になりますが、ご登壇頂いた講師の方々、協賛して頂きました企業・法人の方々、そして何よりご参加頂きました参加者皆様のおかげで本会を無事に終えることが出来ました。皆様のご参加とご協力に心から御礼申し上げます。有難うございました。