みなさま いかがお過ごしでしょうか。さて、今月から毎月30日にJATO研究教育委員からアスレティックトレーナーにとって関心の高いアカデミックな情報を配信し、共有してまいります。
第1回目の今回は、今後も猛暑が続くと予想されますので、熱中症や熱射病に関する研究を専門としている細川由梨先生(立命館大学)に熱中症に関する記事を書いていただき、その要点をまとめたグラフィックも作成していただきました。
ぜひ、ご一読、ご確認ください。
また、多くの方へ知っていただきたい情報ですので、ぜひ、個人のメールやSNSなどで拡散していただけますと、幸甚です。
今年は全国各地で連日猛暑日(35℃以上)が続き、夜間でも最低気温が25℃以上の熱帯夜が続いていることから、体温調節機能に乏しいお年寄りや幼児・小児だけでなく、全ての人に熱中症のリスクがあるといえます。特にスポーツにおいては、既存のスケジュールに準じて活動することが多いことから、協会・学校・チームによる組織的な暑熱対策が行わなければ、過酷な環境にも関わらず運動を続けてしまい、重度の熱中症を発症していることが最近の報道からも伺えます。適切な応急処置が行わなければ死に至るケースもあるため、「暑熱」の危険性に対する認識を改めなければなりません。
米国アスレティックトレーナーズ協会では、科学的根拠に基づいた情報をまとめたポジションステイトメント(公式声明)を様々なスポーツ医科学的トピックで発表しています。ここでは2015年に発表された労作性熱中症に関するポジションステイトメントで取り上げられている「労作性熱中症の予防」にフォーカスを当ててご紹介します。
- 既往歴:
労作性熱中症既往歴がある人の方が、ない人よりも労作性熱中症再発のリスクが高い可能性が示唆されています。そのため、暑熱に弱いと感じている人、労作性熱中症に罹患したことのある人は休憩時間の増量や水分補給量の見直しが特に必要です。
- 暑熱順化の重要性:
ヒトの身体は暑熱順化という過程を経ると、運動中の著しい体温上昇や心拍数の増加を抑える適応を起こします。暑熱順化期間中は運動強度や運動総時間、防具の着用有無などを漸進的に調整していくことで、暑熱にまだ慣れていない身体を慣らします。そうすることで暑熱環境における基礎体力が確保され、労作性熱中症の予防も期待されます。これにはおおよそ7~14日かかるとされており、オフ明けや厳しい暑さが始まる直前・あるいは始まってからの時期を暑熱順化期間に当てることが推奨されています。
- 体調管理:
ウイルス感染や他の病気による体調不良, 発熱している人は症状が回復した後でも労作性熱中症のリスクが高いと報告されています。
- 水分補給:
暑熱環境では発汗より水分を失うため、失った水分を適切に補うことが必要です。そのため、 選手が定められた休憩の間だけでなく、いつでも自由に補水できるように環境を整えてあげることが重要です。また、発汗量には個人差があるため、各自練習前後の体重変化をチェックして、自分に必要な水分補給量を把握することが重要です。さらに、脱水は練習直後に補正するだけでなく、1日を通して最適な状態を保つ必要があります。適切な水分状態の指標には(1)運動直後の体重減少が2%以内、(2)うすい黄色の尿、(2)のどの乾きの有無があります。
- サプリメント:
代謝を亢進させるようなサプリメントの中には脱水作用や体温および体温調節に影響するものもあることから、服用しているサプリメントの成分を調べることが推奨されます。
- クーリング:
労作性熱中症の予防および応急手当てのために冷水やアイスタブ, またアイスタオルを常備することが推奨されます。冷却をする際はできるだけ多くの体表面を冷やすと冷却の効率が上がります。
- リカバリー:
連日の暑熱ストレスは累積するため、十分な休息と栄養補給はとても重要です。選手は涼しい環境で睡眠をとったり、 バランスのとれた食事をとったりし、練習時間以外の過ごし方も改めなければいけません。
- 暑さ指数に基づいた運動:
湿球黒球温度 (WBGT;暑さ指数) に基づいた活動ガイドラインの作成をすることで、客観的な数値に基づいた安全対策を実践することができます。また暑さ指数が比較的穏やかであっても、高強度の運動を含む練習や, ヘルメットやショルダーパッドなどの防具を装着して行われる練習においては特別な注意が必要です。
- 練習設計:
休憩時間は事前に予定し, 活動時間と休憩時間の割合はその場の環境状態と活動強度によって調整されるべきです。また、労作性熱中症の事故は突発的な罰走や(予定外の)練習延長などの場面でよく起こっています。そのため、計画的な練習設計をすることが重要です。
以上のように、労作性熱中症予防は体調管理や事前の体力づくり(暑熱順化)、また練習環境そのものの整備が重要になります。また、これらの対策をとることは労作性熱中症の予防だけでなく、暑熱環境下の競技パフォーマンス増進にも繋がります。より安全かつ効率の良い練習を行うためにも、今一度、暑熱環境下における運動内容を見直さなければいけません。
JATO研究・教育委員会 細川由梨 PhD, ATC (立命館大学スポーツ健康科学部)