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プロ野球の投手における球速と肘内反トルク

2019.04.02 | 著者:
第8回目となります今回は、『プロ野球の投手における球速と肘内反トルク』についての研究報告を井口順太准教授(京都先端科学大学)にご紹介いただきました。ぜひ、ご一読ください。

 

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Fastball Velocity and Elbow-Varus Torque in Professional Baseball Pitchers

Jonathan S. Slowik, PhD; Kyle T. Aune, MPH; Alek Z. Diffendaffer, MS;

E. Lyle Cain, MD; Jeffrey R. Dugas, MD; Glenn S. Fleisig, PhD

Journal of Athletic Training 2019;54(2):000–000

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Introduction

野球の投球動作は高度な動的課題であり、身体全体(関節や軟部組織)、特に投球側の上肢へ非常に大きな負担を強いるものである。プロレベルの投手は時に時速100マイル(約45m/s)に迫る、もしくは超えるような速度でボールをリリースしており、その際の(上肢の)角速度は人体が成せる最速の動きであり、怪我をも引き起こす危険性(例: 100Nm以上の肘内反トルク)を孕んでいる。そのためプロレベルの投手における上肢の傷害発生率は、その他のポジションの選手と比較して約3倍高いことが報告されている。実際メジャーリーグ(Major Base ball League, MLB) の投手における肘内側側副靱帯(Ulnar Collateral Ligament, UCL)損傷の有症率は、約25%程度であることも報告されている。

医師や野球関係者、メディアなどは近年MLBにおける投球速度の上昇とUCL損傷との関連を指摘している。研究者も同時に上記の関連性について研究を実施し、投球速度の上昇がUCL損傷リスクと関連していることを報告している。しかし、球速とUCL損傷の関連性に関しては疑問を投げかける意見もあり、いまだに明確な答えが見出されていない状態である。そのため本研究は、球速は、1)肘内反トルクにおける被験者間要因のほんのわずかな割合のみを説明し、2)被験者内要因としては非常に大きな割合を説明するという仮説を立て、研究を実施した。

Methods

計64名のプロレベルの投手を被験者とし、38個のマーカーを所定の部位に取り付け測定した。測定方法は、各自ウォーミングアップ後、最低5回全力投球を実施した(球種は全てストレート)。統計方法は球速と標準化された肘内反トルクの間における被験者間要因の関係は、各選手の平均球速と標準化された最大肘内反トルクの平均値間の単回帰分析を用いて行なった。また球速と標準化された肘内反トルクの間の被験者内要因は、線形混合モデルを用いて分析を行なった。

Results

平均球速は37.6±1.5m/sであり、被験者内球速の範囲は2.84±0.72m/s、また被験者間の平均値である標準化された最大肘内反トルクは5.33%±0.74% body weight x heightであった。単回帰分析では、球速と肘内反トルクにおいて弱いながらも正の相関関係が確認された。また線形混合モデル解析では、被験者内で比較された場合、球速と肘内反トルクにおいて非常に強い正の相関関係が示された。

Discussion & Conclusions

 

本研究の結果は仮説通り、球速は被験者間要因では説明割合が低く(7.6%)、一方被験者内要因では非常に大きな割合を示した(95.7%)。今回の研究では、先行研究とは対象的に被験者間の相違も考慮した被験者内要因の検討を、より詳細な統計解析モデルを用いて実施した。この統計モデルにより球速が1m/s上昇するごとに肘内反トルクが0.092%(body weight x height) 増加することが判明した(トルクに換算すると1.62N-m)。MLBの投手が1シーズンあたり3000球以上投げることや投球量の危険性、それに付随する(肘への)負荷を指摘した先行文献を考慮すると、投手は毎回投球速度に変化をつけることでUCL損傷のリスクを減少できる可能性が示された。