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2015年ラグビーワールドカップでの脳振盪マネジメントの取り組みについて

2019.03.01 | 著者:

第7回目となります今回は、『2015年ラグビーワールドカップでの脳振盪マネジメントの取り組みについて』の研究報告を松本秀樹氏(立命館大学ラグビー部アスレティックトレーナー)にご紹介いただきました。ぜひ、ご一読ください。


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Original article


タイトル:Evaluation of World Rugby’s concussion management process: results from Rugby World Cup 2015


出典:Fuller CW, et al. Br J Sports Med 2017;51:64-69


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脳振盪のマネジメントに関してはこれまでも多くの議論がなされており、様々な研究が行われています。今回ご紹介するのは、2015年ラグビーワールドカップでの脳振盪マネジメントの取り組みを評価した報告になります。ラグビーはコンタクトスポーツの中でももっとも激しく体をぶつけ合うスポーツの一つであり、脳振盪を起こすリスクも高いスポーツですが、脳震盪の管理方法をいち早くルールに取り入れており、参考になる点も多々あると考えます。


目的:ビデオレビューを含めたHead Injury Assessment (HIA)プロセスについて解説し、2015年ラグビーワールドカップにおける、ワールドラグビーの脳振盪マネジメントについて評価する。


対象:20チーム、639名のラグビープレイヤー、48試合


方法:脳振盪の評価プロセスには3つ時系列、多面的な段階があります。最初のプロセスは、ピッチ、またはピッチサイドでの評価、2つ目は3時間以内でのフォローアップの評価、3つ目は36-48時間での評価になります。最初のピッチ上での評価では、明確な脳振盪の症状に注目し、もし認められれば“試合からの離脱”と脳振盪という診断に繋がります。ピッチ上での判断が難しい場合、ピッチ外で10分間の評価が行われ、そこで“脳振盪の疑いがあり、プレーに復帰することはできない”となるか、“脳振盪は認められないため、プレーへの復帰を許可する”という判断になります。3つ目、36―48時間での評価においては、“脳振盪の確定”か“脳振盪ではない”という診断が決まります。


メディカルスタッフによる診断の決定には、それぞれのステージでリアルタイムでのビデオレビューによってサポートされました。脳振盪と診断された選手が、トレーニング、あるいは試合に復帰するためには、5つのステージからなる段階的復帰プロトコルに従いました。


注:HIA(Head Injury Assessment)プロセス(2019年1月現在、若干の変更点あり)ステージ1、2、3がある。ステージ1にはセクション1と2がある。


HIA1-セクション1:ピッチ上での検査。チームドクター、またはマッチドクターが脳振盪の症状、兆候を見つけた場合、選手はすぐにその試合から離脱させる。脳振盪が確定したとしてもHIA2と3は行う。


HIA1-セクション2:すぐに脳振盪と判断できない場合でも、頭部に衝撃が加わった場合、チームメディカル、マッチドクター、レフリーはピッチ外での検査を要求できる(10分間)。検査には、マドックスの質問、SACの質問、そして、つぎ足歩行テストが含まれる。HIA1-セクション2の結果が正常だった場合、選手はプレーに復帰することができるが、HIA2と3の検査は実施する。


HIA2:3時間以内にSCAT3(グラスコマスケールとマドックスの質問は除外)を実施する。HIA1-セクション1、2を実施した選手、試合後のビデオ検証で頭部外傷が疑われた選手、3時間以内に脳振盪の症状、兆候が出現した選手はHIA2の検査を実施し、HIA3の検査も実施する


HIA3:症状の確認に加え、認知機能の検査も行う(CogSportのようなコンピューターベースの認知機能検査が望ましい)。BESSやつぎ足歩行のようなバランス検査も行う。


HIA3の検査は、2晩の休息後(通常は試合後36-48時間)、試合後3-48時間以内に脳振盪の症状、兆候が出現した選手、試合後のビデオ検証で頭部外傷が疑われる選手に実施する。


3つの検査過程を通して脳振盪の診断を下しますが、どの過程であれ1つ,


あるいはそれ以上下記の報告があった場合、脳振盪という診断になります。




  1. A)ピッチ上での評価で、脳振盪の症状と兆候を呈し、試合から離脱する

  2. B)メディカルルームでのビデオレビュー評価中で、脳振盪の症状と兆候が認められる

  3. C)3時間以内の試合後の評価(HIA2)で、“異常あり”となる

  4. D)36-48時間の評価(HIA3)で、“異常あり”となる

  5. E)管理する医師が脳振盪を呈していると考える


結果:


49回の脳振盪評価(43名は1度、3名は2度)が行われ、そのうち24つのケースで脳振盪と診断されました。49回の評価のうち、39回は試合中に評価されました。そのうち、ピッチ上で脳振盪の症状を呈した14名は試合からすぐ離脱し(HIA Section1)、試合から一旦出され、ピッチ外で評価された(HIA Section2) 25名のうち4名が、後に脳振盪と診断されました。HIA Section2で正常と判断され、プレーに戻った選手20名のうち、1名は後の検査で脳震盪と診断されました。試合3時間後、脳震盪の疑いがある、あるいは、ビデオレビューで頭部に強い衝撃が加わっていた経緯がある選手8名がHIA2の検査を受け、3名が脳震盪と診断されました。試合36−48時間後に疑いが出てHIA3の検査を受けた選手2名が、脳震盪と診断されました。結果、試合中には脳振盪の症状、兆候を呈さなかった選手5名が、後の検査で異常ありとなり、脳振盪と診断されました。RWC2015中の脳震盪の発生率は12.5回/1000player-match-hoursと報告されています。


まとめ:


この研究は多様式かつ複数の時間軸での頭部外傷の管理過程を評価した始めての研究になります。今回の研究では、5つの“遅延して出現した脳振盪”が報告されましたが、評価プロセスが試合中だけのものに依存していた場合、発見することは出来なかった可能性があることが示唆されました。頭部に衝撃が伝わった後、脳振盪の症状と兆候が現れるまでは数分から48時間と時間に開きがあり、ビデオレビューを含めた複数の時間軸での評価は、瞬間性、進行性、遅延性の脳震盪の判別に奨励できると報告しています。


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今年は日本でラグビーワールドカップが開催されます。選手の安全管理を徹底した上で、ハイレベルで熱い試合を期待します。


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