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前十字靭帯損傷に関連する神経認知および神経生理機能: リハビリテーションと競技復帰テストにおける神経認知的アプローチの枠組み

2023.01.20 | 著者:


 
序文

前十字靭帯(以下ACL)を損傷した選手の多くが、ACL再建手術(以下ACLR)を受ける選択をします。しかし、競技復帰後にACLを再受傷する確率は未だに高いことが報告されています。現在でも競技復帰をする準備ができているかを判断するための絶対的基準は存在しません。従来のACLR後の競技復帰プロトコルは、可動域テスト、筋力テスト、機能的動作テストを含むバイオメカニクスまたは神経筋機能の評価に基づいています。機能的動作テストは、例えば片脚跳びテストなどのシンプルな動作を何が起きるか予測可能な環境で行います。しかし、選手がスポーツ中に直面する認知的な要求はこれらと大きく異なります。例えばサッカーやテニスにおいて、選手はボールの方向や敵の動きなどの複数の刺激に晒されながら、何が起きるか予測できない環境での意思決定を迫られます。実際、感覚や注意の処理に欠陥や遅れがあると、複雑な動きにおける潜在的なエラーを修正できず、結果としてAC L損傷のリスクを高める膝のポジションをとってしまう可能性があります。つまり、従来の競技復帰プロトコルにはスポーツの複雑性とそれを処理するための神経認知機能の要素が取り入れられていないことがわかります。ACL損傷に関連する神経認知および神経生理機能に関するエビデンスを要約することで、ACLR後のリハビリテーションと競技復帰テストの理解をさらに深めることができるかもしれません。

 
論文概要

背景

ACL損傷後に競技スポーツに復帰する選手はわずか55%で、更にACLRを受けた25歳以下の選手が競技復帰後にACLの再受傷を起こす確率は23%と報告されている。このことから、リハビリテーションの内容と、復帰後に直面する競技スポーツの要求に相違があると考えられる。従来の競技復帰テストは主に外的要因の影響を受けない環境で行われる予測可能な動作に基づくが(例:片脚跳びテスト)、選手が競技中に直面する認知的な要求は、これと大きく異なる。神経認知機能にはスポーツ中の動き続けるシチュエーションに対応するための重要な役割があるが、この機能は四肢の怪我が原因で変動してしまうことがある。多くの競技復帰テストとリハビリテーションの枠組みはこの側面を見落としており、この事実はACL再受傷のリスクが高い原因と繋がるかもしれない。

 
目的

このシステマティック・スコーピングレビューの目的は、ACL損傷に関連する選手を対象にした神経認知及び神経生理機能に関する既存のエビデンスを要約することである。これにより、ACLR後のリハビリテーションと競技復帰テストに幅広い視点をもたらすことができるかもしれない。

 
方法

2005年から2020年に発表された関連研究を特定するためPubMedとCochraneのデータベースを検索し、関連研究を抽出した。検索に使われたキーワードはACL(前十字靭帯), brain(脳), cortical(大脳皮質), neuroplasticity(神経可塑性), cognitive(認知的), cognition(認知), neurocognition(神経認知), そしてathletes(選手)である。選手の神経認知機能もしくは神経生理機能とACL損傷を関連させた研究を関連研究として抽出し、研究デザインと方法に関係なく対象として本レビューに取り入れた。

 
結果

このレビューには合計16本の論文が使われた。神経生理機能の変化と様々なレベルで起こる神経認知機能の不全は、ACL損傷のリスク因子、もしくはACL損傷が原因で生じた結果である可能性がある。

 
結論

臨床家は、ACL損傷を筋骨格系の傷害としてだけでなく、神経認知および神経生理的な側面を持つ神経的な病変としても捉えるべきである。ACLR後のリハビリテーションと競技復帰テストの枠組みに含まれる治療的介入や評価は、これらの神経認知および神経生理的変化を考慮する必要があると思われる。

 

まとめ

300文字程度(筆者による紹介論文のまとめと読者へのメッセージ)

競技中、フィールドのシチュエーションは常に変わり続け、次に何が起こるか予測できません。また、選手は敵、味方、そしてボールの位置などに注意を向けながら、複雑な動作を遂行しなければなりません。ACLR後の代償的な神経生理的変化および神経認知的不全が残った状態で競技復帰をすると、選手には「認知的余裕」がなくなり、自分の動きに注意を払うだけの、認知的リソースが限られた状態となります。その結果、複雑な関節や筋活動の連動性のエラーを咄嗟に修正できなくなるため、ACL損傷のリスク動作(例:ニーイン・トーアウト)が生じ、再受傷に繋がる可能性があります。このシステマティックレビューの結果を踏まえると、ACL損傷後のリハビリテーションや競技復帰テストを行う際は、できるだけ実践に近い環境や動作課題を設定し、競技復帰に向けて複雑性(complexity)と不明瞭性(uncertainty)を段階的に高めることが現実的なスポーツの環境に備えるために必要なのかもしれません。

 

Reference

Piskin, D., Benjaminse, A., Dimitrakis, P., & Gokeler, A. (2021). Neurocognitive and neurophysiological functions related to ACL injury: A framework for neurocognitive approaches in rehabilitation and return-to-sports tests. Sports Health: A Multidisciplinary Approach, 14(4), 549–555. https://doi.org/10.1177/19417381211029265

 

筆頭著者:杉本健剛

編集者:井出智広、姜洋美 岸本康平、柴田大輔、高田ジェイソン浩平、高萩真弘、水本健太(五十音順)