COLUMN運営コラム
NBA選手におけるスポーツ外傷・障害及び疾病のデータベースの構築と改良
2019.07.30 | 著者:
「NBA選手におけるスポーツ外傷・障害及び疾病のデータベースの構築と改良」
今回は、スポーツ競技団体及びその団体に所属する選手がスポーツ外傷・障害及び疾病のデータベースを研究者に提供することで、スポーツ外傷・障害予防領域の発展に繋がる可能性を示唆した論文をご紹介します。今回ご紹介する論文では、National Basketball Association (以下NBA)が構築した医療情報電子データベースシステムについて以下の点について詳しく記述されています。
① 外傷・障害及び疾病データ収集について
- 2012年に、NBA は30チームが個別に管理している選手の医療情報を電子データベース(electronic medical record、以下EMR)に取り組み、NBA選手労働組合の同意のもとNBAが現場で起こる全ての外傷、障害、事故及び疾病を一つのデータベースで一括管理するシステムを構築しました。NBA選手がケガを受傷した時、各チーム所属の医療スタッフ(主にアスレティックトレーナー)が受傷した選手の医療情報をEMRに記録します。「2-way契約選手」は、NBAチームで活動中のみの情報を収集します。
- 2013年のシーズンから、NBAは外傷・障害及び疾病情報をEMRにレポートすることを全チームに義務付けると同時に、EMRに関する規定(報告についてのガイドラインやデータの品質管理等)を明確化しました。
② 医療情報電子データと外部データとのリンク
- EMRに収集された医療情報は、ゲームスタッツや遠征にかかる移動距離など様々な情報にリンクされます。このことにより、ケガに影響を及ぼすおそれのあるもの(剰余変数・交絡因子・バイアス)をできるだけ除外することができ、現状のリスクをより明確に把握をすることが可能となります。このことが、スポーツ外傷・障害のリスクマネジメントや、頭部外傷などによる死亡事故の予防にも繋がって行きます。
③ 電子データベースに収集する医療情報について(外傷・障害及び疾病の定義など)
- EMRには、①外傷・疾病の具体的な種類(捻挫や骨折など)、②外傷が発生した時の活動状況(練習や試合中に生じたケガなど)、③受傷場面(リバウンドやシューティングなど)、④受傷機転(急性か慢性)、⑤受傷メカニズム(接触か非接触)、⑥練習時間や試合のプレイ時間等のバスッケトボールにおける活動時間、⑦外傷・疾病による活動休止時間(試合の欠場数など)、⑧医師の受診回数、⑨処方箋の使用、及び⑩リハビリテーションについてのデータを記録します。また、EMRに記録する各情報を明確に定義しています。
④ データベース活用と改良について
- このセクションでは、NBAが統合かつ一元化されたデータの品質を評価および監視するデータ品質管理のプロセスをどうのように実装しているのか紹介しています。収集されたデータの正確性を担保するため、IQVIAというヒューマン・データ・サイエンス・カンパニーに所属する疫学の専門家とNBA事務局が共同でデータの品質を管理しています。もしEMRに記録されたデータに欠損や誤りがあった場合は、NBA事務局からNBAチームの医療スタッフにEMRのデータを修正するように通達されます。EMRに報告されたデータと試合のスタッツと不一致がある場合(例えば、出場記録によれば、EMRに報告された受傷日にその選手は試合に出場していなかった場合)、NBA事務局がEMRに記録したデータを見直すことを該当チームに通達します。
⑤ 収集した医療情報を研究者へ提供・公開
- 研究者や学者は外傷・障害のデータベースにアクセスする権限が与えられており、データを用いてNBA選手の健康を向上させることや医学的知識を普及させることを目的とした研究を行うことが許可されています。
日本のスポーツ現場の安全対策を強化し、より良い医療を実現していくためには、多くの選手の正確な外傷・障害等の医療情報を収集し一元管理することが不可欠です。スポーツ現場におけるリスクマネジメント及び外傷・障害の予防は現在のリスクを把握することが重要です。そのためには、NBAが構築した外傷・障害監視システムとそのデータベースに収集されたメタデータを研究者と協会が協働で報告及び検証していく試みは日本に外傷・障害監視システムを導入していく上で大変参考となります。
Reported by寺田昌史氏(立命館大学スポーツ健康科学部)
【参考文献】
Mack CD, Meisel P, Herzog MM, Callahan L, Oakkar EE, Walden T, Sharpe J, Dreyer NA1 DiFiori J. The Establishment and Refinement of the National Basketball Association Player Injury and Illness Database. J Athl Train. 2019 May 10. [Epub ahead of print]