COLUMN運営コラム

【Season2 vol.5】マスク着用と高強度運動中の生理学的応答との関連について

2021.08.20 | 著者:
今月のアカデミックアップデートでは、マスクの着用の有無が運動パフォーマンスや心肺機能や主観的な疲労度に及ぼす影響を検証した研究論文2編をご紹介します。まず、 最初にご紹介する論文(1)では、新型コロナウイルス感染症拡大を抑える効果が高いと報告されているサージカルマスクとN95マスクを対象として、 高強度の運動時におけるそれらのマスク着用の安全性やマスク着用がもたらす生理学的・心理学的影響を検証しています。2本目にご紹介する論文(2)は、 布製マスクが広く一般に普及していることに着目して、 運動中の布製マスク着用は私たちの身体にどのような影響を与えるのかという疑問を検証した研究です。

No.1:【新型コロナウィルス禍におけるトレーニング再開: 運動時におけるマスク着用の生理学的影響】
Epstein et al., Return to training in the COVID-19 era: The physiological effects of face masks during exercise. Scand. J. Med. Sci. Sports. 2021;31:70–75.

目的

本研究の目的は、 健常者を対象に①マスク着用時の運動耐容能を評価すること、 ②サージカルマスクとN95マスク着用が短時間の中・高強度運動中の生理学的・心理学的応答に及ぼす影響について検証することでした。


方法
普段から運動習慣がある健康な若年男性16名 (年齢: 34 ± 4 歳、 身長: 179 ± 7 cm、 体重: 76.3 ± 11.8 kg 、 BMI: 28.7 ± 3.8 kg/m2)を対象とし、 ①サージカルマスク着用、 ②N95マスク着用、 ③マスク着用なしの条件下にて、 自転車エルゴメーターを用いた漸増負荷運動試験を行い、 運動中におけるマスク着用の生理学的指標と主観的疲労度を評価しました。また、 マスク着用時の運動耐容能を漸増負荷運動の継続時間にて評価しました。

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図1. 運動課題の概略図(Epstein et al.,に基づき, 著者が作成).
結果
漸増負荷運動の継続時間、 生理学的指標、 および主観的疲労度は、 各条件間で有意な差は認められませんでした (P<0.05)。

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図2. マスク着用漸増負荷運動の継続時間 (Epstein et al.,2020に基づき, 筆者が作成).

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図3. 漸増負荷運動前および運動中の呼気終末二酸化炭素分圧の変化. *はN95マスク着用条件とマスク着用無し条件間で有意な差を示します(P<0.05). #はN95マスク着用条件とサージカルマスク着用条件間で有意な差を示します(P<0.05, 効果量 Cohen’s d=0.00~0.98). (Epstein et al.,2020に基づき, 筆者が作成).

結論
本研究の結果から、 健康な成人において、 マスクの着用は有酸素運動パフォーマンスや短時間の中・高強度運動時の生理学的応答にほとんど影響しないことが明らかになりました。したがって、 基本的には、 短時間の高強度有酸素運動であればマスク着用の影響を深刻に考えすぎる必要はないかもしれません。

No.2:【トレッドミル漸増運動負荷試験時の布製マスク着用がパフォーマンス、 生理学的応答、 自覚的応答に及ぼす影響】
Driver et al., Effects of Effects of wearing a cloth face mask on performance、 physiological and perceptual responses during a graded treadmill running exercise test. Br J Sports Med Published Online First: 13 April 2021. doi: 10. 1136/bjsports-2020-103758

目的
本研究の目的は、 健常者を対象に①布製マスク着用時の高負荷運動が心肺機能に及ぼす生理学的影響について検証すること、 ②布製マスク着用が有酸素運動パフォーマンスおよび主観的疲労度へ及ぼす影響について検証することでした。


方法
18~29歳の健康成人31名を対象(男性:14名、 女性:17名、 年齢: 34 ± 4 歳、 身長: 23.2 ± 3.1cm、 体重: 74.4 ± 16.5 kg 、 BMI: 25.1 ± 5.0 kg/m2)とし、 研究参加者をランダムに①布製マスク着用条件、 または、 ②布製マスク着用なし(コントロール)条件に振り分け、 トレッドミル最大心肺運動負荷試験を実施しました。ウォームアップ中、 運動負荷試験中、 および運動負荷試験7分後に血圧、 心拍数、 酸素飽和度、 酸素摂取量、 呼吸交換比、 二酸化炭素換気当量、 一回換気量、 呼吸困難、 主観的呼吸状態、 および主観的疲労度を測定しました 。マスク着用時の有酸素運動パフォーマンスは、 運動の継続時間(疲労困憊に至るまでの時間)にて評価しました。

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図1. 運動課題の概略図(Driver et al.,2021に基づき, 筆者が作成).

結果
コントロール群と比較して、 布製マスク着用群において、 運動継続時間(-01分39秒)、 最大酸素摂取量(-11.6mL/分/kg)、 呼吸交換比(-0.09)、 酸素飽和度(-1.7%)、 一回換気量 (-0.6ml)、 毎分換気量(-45.2L/分)、 および最大心拍数(-8.4bpm)が有意に低値を示しました。また、 布製マスク着用群においれ、 約97%の研究参加者がマスク着用により運動課題時に最大限努力することが困難であったと報告しており、 各負荷強度の段階で、 主観的疲労度は布製マスク着用群の方が高値を示しました。


結論
本研究の結果から、 健康な成人において、 布製マスクの着用は有酸素運動パフォーマンス(運動持続時間14%減少および最大酸素摂取量29%減少)の低下、 運動時の生理学的・主観的応答への影響、 および不快感や疲労感の知覚との関連を認めました。コーチ、 アスレティックトレーナー、 およびアスリートは、 布製マスク着用時は、 運動の頻度、 強度、 種類の調整を考慮する必要があります。

マスク着用時の激しい運動が心身に及ぼす影響について検証した研究はいくつか発表されていますが、 マスク着用は運動パフォーマンスに影響はわずかであり、 健康な人がマスクを着用して室内での運動をして呼吸不全を引き起こす可能性は小さいという見解が述べられている研究(1、 3、 4)もあれば、 マスク着用は運動時の心肺機能を低下させるといった報告(2、 5、 6)もあります。皆さんは、 現存するエビデンス・研究データをどのように解釈し、 また、 現場でマスクの着用の有無を判断しますか。ぜひ皆さんも論文に目を通していただき、 自分なりに研究データを解釈していただければ幸いです。

参考文献
1. Epstein D, Korytny A, Isenberg Y et al. Return to training in the COVID-19 era: The physiological effects of face masks during exercise. Scand J Med Sci Sports. 2021;31(1):70-5.
2. Driver S, Reynolds M, Brown K et al. Effects of wearing a cloth face mask on performance, physiological and perceptual responses during a graded treadmill running exercise test. Br J Sports Med. 2021.
3. Mapelli M, Salvioni E, De Martino F et al. "You can leave your mask on": effects on cardiopulmonary parameters of different airway protection masks at rest and during maximal exercise. Eur Respir J. 2021.
4. Shaw K, Butcher S, Ko J, Zello GA, Chilibeck PD. Wearing of Cloth or Disposable Surgical Face Masks has no Effect on Vigorous Exercise Performance in Healthy Individuals. Int J Environ Res Public Health. 2020;17(21).
5. Fikenzer S, Uhe T, Lavall D et al. Effects of surgical and FFP2/N95 face masks on cardiopulmonary exercise capacity. Clin Res Cardiol. 2020;109(12):1522-30.
6. Li Y, Tokura H, Guo YP et al. Effects of wearing N95 and surgical facemasks on heart rate, thermal stress and subjective sensations. Int Arch Occup Environ Health. 2005;78(6):501-9.

文責:寺田 昌史