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【Season2 vol.8】前十字靭帯受傷予防プログラムに対する応答者と非応答者の股関節バイオメカニクスの違い

2021.11.21 | 著者:
前十字靭帯(ACL)損傷のリスクファクターとして様々な外的要因や内的要因(e.g., バイオメカニクス、解剖学、遺伝、ホルモンなど)が挙げられますが、近年では神経筋制御による動作パターンの性差や靭帯損傷に関わる負荷の解明が進んでいます。しかし当然ながら我々が制御できるのは外的要因のみであり、ACL損傷予防を目指したACL損傷予防プログラム(ACL-IPP)は怪我の外的要因である誤った動作パターンの是正や筋力強化により怪我のリスクの低減を目指すものです。具体的にACL-IPPで使用された運動を表1に列挙しました(※原著より筆者が和訳)。

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本論文では予防プログラムの有用性を示しつつもめぼしい効果が得られなかった場合には、本プログラムとは異なるアプローチが必要であるという問題提議を行っています。

目的

この研究はACL-IPP によって膝関節外転モーメントの減少が見られた人達とそうでない人達の人口統計、身体測定、生体力学上の差異やテストにおけるパフォーマンスの測定値などの変数の違いを比較するものである。


方法
43人の青年期(10代)の女性アスリートが6週間のACL-IPPに参加し、ドロップバーティカルジャンプの三次元解析分析とパフォーマンステストが参加者の無作為化前と6週間のACL-IPP後に行われた。参加者はテスト前後の膝外転モーメントの減少レベルに基づいて、応答者(膝外転モーメントの減少が認められたもの)とそうでない非応答者に分類された。


結果
応答者はバーティカルジャンプのベースライン測定において、着地時の股関節の内転角度とその動きの幅が非応答者と比較して大きかった。またトレーニングセッションに参加する回数も非応答者と比べて多く、バスケットボールではなくサッカー選手に多い傾向にあった。さらに、応答者は股関節の屈曲角度と股関節屈曲のモーメントならびに膝関節外転角度とその動きの幅、股関節屈曲のモーメントに著しい改善が見られた。選手の年齢や怪我の傷害予防トレーニングの経験の有無などに於ける差異は見受けられなかった。


結論
ACL-IPP後に膝関節の外転モーメントが著しく減少したアスリートはベースライン測定時において、非応答者と比べて着地時の股関節内転の動きが大きく、さらには膝関節外転の減少に呼応して股関節屈曲と屈曲モーメント、さらには膝の外転の運動学的側面における改善が見受けられた。
この研究結果はACL-IPPに呼応しないアスリートを事前に特定することによって、ACL損傷のリスクがある選手に対してより個別的な傷害予防トレーニングを処方することができると考えられる。

前十字靭帯損傷はリハビリ期間が長く、経済的な負担も大きいことから怪我の外的、内的要因の追求や予防プログラムの作成が行われ、その成果も一定の効果を示すことがわかっています。
しかし、今後さらにACL損傷の受傷数を減らしていく為には画一的な予防プログラムを闇雲に全アスリートに処方するのではなく、結果がめぼしくないアスリートには個別に予防プログラムを作成していくことがアスレティックトレーナーやその他医療従事者には求められるのではないでしょうか。

出典
Taylor JB, Nguyen A, Shultz SJ, Ford KR. Hip biomechanics differ in responders and non-responders to an ACL injury prevention program. Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc. 2020;28(4):1236.

文責
高田 ジェイソン 浩平