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【Season2 vol.11】最新の科学的根拠に基づいた運動誘発性筋痙攣の病態生理学・治療・および予防のレビュー

2022.01.20 | 著者:
Exercise associated muscle cramp (運動誘発性筋痙攣:EAMC)は多くのスポーツ選手を悩ませる、比較的発生頻度の高いスポーツ傷害です。しかしながらその発生機序の詳細は仮説を軸に語られることが多く、一般に普及しているEAMC関連情報の中には信頼性の低いものや、古い研究結果に基づいた内容も散見されます。
そこで今月のアカデミックアップデートでは2020年に発表されたEAMCに関する最新のレビューから要点をまとめてご紹介します。
EAMCの病態生理学
• 100年以上前から多くの人に支持されてきた「脱水・電解質不足説」は、EAMCが多量の発汗、脱水、ナトリウム損失などによって誘発されると唱えている。しかしながら、理論に矛盾点がある点や(例:発汗による脱水が進んだ状態であれば血液が濃縮され血漿中のナトリウムはむしろ高値になる)、EAMCを発症しなかった選手においても脱水やナトリウム損失がみられることから、近年においては、当説は支持されていない。
• 1997年以降に発表された「神経筋コントロール不均衡説」では、疲労やその他の理由によってα運動神経に対する興奮性と抑制性の信号の不均衡が生じた場合にEAMCが発生するとしている。具体的に疲労がどのように神経伝達に影響を与えるかが解明されていないことや、十分にトレーニングを積み、身体コントロールに長けているエリート競技者においてもEAMCが発生していることから、まだ検討が必要であるとされている。
• 近年提唱されている「多因子性説」は、「神経筋コントロール不均衡説」を軸に、EAMCが発症する人としない人がいる理由を「個人に起因するリスク要因」に紐付け、それらの組み合わせがEAMCを誘発する閾値を越えると発症すると唱えている。まだEAMC発症に対する因子ごとの関与率は明らかになっていないが、近年の研究ではこの「多因子性説」を用いて包括的にEAMCの発症機序を検討することが重要としている。

EAMCの診断と治療(急性)
• 急性のEAMCは明らかな痛みと筋の局所的な痙攣が特徴的である。時により重症な他の疾患と併発する場合もあることから(例:低ナトリウム血症)、適切な評価が重要である。
• 原則として、痛みや拘縮に対する対症療法が推奨される(例:安静、寒冷療法、マッサージ、電気刺激、ストレッチ、など)。脱水を伴う場合は、補液も重要である。
• 脱水補正のための補液は基本的には経口摂取が推奨される。点滴の使用は速やか(<15分)な補液が必要な場合や、経口摂取が困難な場合の二時的措置として考えるのが妥当である。
• Transient receptor potential (TRP) チャネルを刺激する刺激物(例:ピクルスジュース、マスタード)の使用がEAMCによる痙攣を効果的に早く治めると報告する研究が一部あるが、万人に効果があるわけではないことを留意しなければならない。
• カリウムが豊富なバナナの摂取を推奨する報告もあるが、カリウム摂取による症状改善なのか、バナナに含まれる糖質の影響による効果なのかが明らかになっていない。
• 昔はキニーネを含有した製品が有用とされていたが、現在はその使用が制限されており、EAMCの治療として使用することは推奨しない(注※日本でも取り扱われていない)。

EAMCの診断と治療(反復性)
• 何度も同じ部位にEAMCを発症する場合は、持病・服用薬・アレルギーの確認や、活動内容・食事内容の見直し、骨格筋系の既往歴による影響など、リスク要因の特定に努めるべきである。

EAMCの予防
• 現在推奨されている予防方法のほとんどは科学的根拠に乏しい。特に、(1)サプリメントによる電解質補給、(2)運動前の点滴、(3)運動前のストレッチは、その根拠をサポートする文献に乏しい。
• 選手ごとの発汗量や電解質喪失量の算出、神経筋コントロールの向上を意識したトレーニングが比較的有用性が期待される対策とされている。

未だに謎が多いEAMCですが、今回のレビューでたびたび強調されていたのは包括的な評価個人に起因するリスク因子の特定でした。「足が攣ったら電解質タブレット」と一概にEAMCを片付けてしまうのではなく、なぜこの人に発症したのか、なぜこのタイミングで発症したのか、などの原因究明を改めて丁寧に行うことの重要性がEAMC関連研究の変遷から読み取れます。

出典
Miller KC, McDermott BP, Yeargin SW, Fiol A, Schwellnus MP. An Evidence-Based Review of the Pathophysiology, Treatment, and Prevention of Exercise Associated Muscle Cramps. J Athl Train. Published online June 29, 2021. doi:10.4085/1062-6050-0696.20

文責:細川由梨